匣見

顔面荒野

日記:Nirvana

「その伝播は、疫病にもよく似ていた。ニューラルネットワークのようでもあったし、銀河の分布にも似ていた。似たものを挙げればきりがないが、それだけ共通項が多いということでもあった」

 


「古くは原始宗教に擬態していたという。異種との生殖に寛容で、ここでさまざまな形態が生まれ、おおまかな生態の方向はここで決定付けられた。人類がアフリカから進出するのに合わせ、その生物もまた世界中に伝播した」

 

「その種における大きな転換点のひとつには、およそ二千年ほど前に現れた生物群が挙げられる。これは非常な繁殖力と攻撃性を持ち、次々に他の種を圧し潰し、あるいは飲み込み取り込んだ。その種の中でも現代において最も繁栄したものは、キリスト教と呼ばれる」

 

 

「都市伝説とはいきものに似ている。あるとき誰かが物語を考える。初期には細部のつくりは甘いが、他人に伝え伝播するうち、尾ひれがついていたりする。この話を聞いた〇〇さんは本当に死んだんだって。物語は骨子を獲得し、脊索は脊椎になる。ディテールが付け足され亜種が生まれる。拡散力に富む種は生き延び、クオリティが低かったり、繁殖力に欠ける種は淘汰される。時間が経てば細部は忘れて退化する。住む場所も重要で、テキストは特に保持に優れる。インターネットに進出できた種は、誰もが知る個体として1バイトも不変のまま君臨できたりする」

 


「ならば、情報を主成分とする生物だっていても構わないだろう。人間がカーボンを主成分とするように。メディアに寄生し、情報を捕食し、人間間のコミュニケーションによって生殖する生物が」

 


「ところで、現代社会に生きる情報生体において、繁殖力の強さとはなんだろう。それはヒト同士のコミュニケーションを誘発する種ということだが、つまり人間の、『これは他人に伝えなければ』という本能に訴える力が強い物語ということだ。では何が最も繁殖力に優れるだろう。感動的な物語か。芸術的な物語か。暴力的か。性的か。あるいは、恐怖だろうか」
「エジプト神話に擬態し、北欧神話に擬態し、インド神話に擬態し、ギリシャ神話に擬態し、クトゥルフ神話に擬態し、では神話の廃れた現代ならば何に擬態するのだろう」

 

 

 

 

 

「これは疫病だ。恐怖を煽り、コミュニケーションによって伝播する。罹患すると情報を咀嚼され、風化してゆきいずれは朽ちる。感染閾値は人によって異なるが、ひとたび罹ればその疫病の拡散に努める。恐ろしいからこそ知らせなければと。これは都市伝説に擬態した疫病だ」

 

 


「はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。 言葉は神と共にあった。 万物は言葉によって成り、言葉によらず成ったものはひとつもなかった。 言葉の内に命があり、命は人を照らす光であった」

 

 

 


「あなたが信じると信じざるとにかかわらず。なんとなれば、あなたが今読むこの文章が、疫病たるNyogthaなのだから」